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映画『サウナのあるところ』が伝えたいこととは?公開直前特別インタビュー!

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はじめに

今年の3月に「サウナ」でTwitterを検索して暇をつぶしていたとき、偶然発見した「映画『サウナのあるところ』」というアカウント。

アイコンは電話ボックス型のサウナに入っているおじさんで「なんだこれは?!超観てみたい!」と興奮して、即フォローしてツイートをRTしました。

9月の公開を楽しみにしていたら、ご縁があって試写会に参加させて頂けることになって、また、僕が主催したサウナのトークイベントに配給元のkinologue代表・森下詩子さんが来てくださって直接お話する機会に恵まれたこともあって、「僕も何かPRに貢献したい」という思いを、森下さんのインタビュー記事としてこのように形にすることができました。

森下さんは快活でありながらとても思慮深く、非常に密度が高く面白いインタビューとなりました。

ぜひ映画をご覧になる前にこのインタビューを読んで、劇場へと足を運んで、作品と対話して頂けたらと思います。

twitter.com

プロフィール

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(撮影:疋田千里)

森下詩子(もりしたうたこ)
独立系配給会社等で映画宣伝担当として100本近い映画に携わり、2011年よりワークショップ・プロジェクト「kinologue(キノローグ)」を主宰。
2014年よりフリーランスで北欧に特化した映画配給を始め、フィンランド映画『365日のシンプルライフ』(2014)『劇場版ムーミン谷の彗星 パペット・アニメーション』(2015)『ファブリックの女王』(2016)アイスランド映画『YARN 人生を彩る糸』(2017)を共同配給。次回共同配給作品は『サウナのあるところ』(2019年9月14日より公開予定)。
2014年よりクリーニングデイ・ジャパン事務局代表。

インタビュー

配給の経緯

― この作品を配給しようと思った経緯を教えて頂けますか?


まず私の経歴を話すと、元々は長いこと独立系の映画配給会社で宣伝を担当していたんです。

そこからきっかけがあって2013年からフリーランスで活動するようになったんですね。

配給会社は代表的な映画祭に足を運んでそこで買い付けをしたりするのですが、私はそこからは離脱して、自分がやりたいものをニッチなマーケットで探して配給しています。

初めてフィンランドに行ったのは2006年(『かもめ食堂』が公開された年)ですが、2009年から毎年フィンランドにわりと長めに滞在しています。2013年のあるときフィンランドの友人から「あなたが好きそうな映画があるよ」と紹介してもらったのが『365日のシンプルライフ』という作品で、当時無職だったのに「これは日本に持っていきたい!」と思い、2014年に日本で配給したんです。これが私のフリーランスとして初めての配給作品でした。

その後も『劇場版 ムーミン谷の彗星 パペット・アニメーション』(2015年)『ファブリックの女王』(2016年)とフィンランド映画を連続して配給したあと、2017年12月にはアイスランドの映画『YARN 人生を彩る糸』を配給しました。

でも実は、2017年にフィンランドは独立100周年を迎えていて、フィンランドの関係者からは「今までフィンランドの映画を配給してきたのに、どうして記念の年に別の国の映画を配給するの?」って色々言われたんですね(笑)

それは単純に、そのタイミングで私のアンテナに引っかかるフィンランド映画に出会わなかったからなんですけど。

それで、2019年はフィンランドと日本の外交樹立100周年というまた記念の年なので、「何か二国をつなぐ架け橋になるような作品あるかな?」と思ったときに、フィンランドと日本で共通するものといえば「サウナ」があるなぁと考えて、「そういえば過去にサウナを題材にしたフィンランド映画があったな」と思い当たったんです。

そこから知人を介して監督にコンタクトを取って作品を観せてもらったんですけど、「風変りなサウナを色々紹介するエンタメ系の作品かな」という予想とは180度異なる、かなりシリアスなテーマの内容だったんです。おじさん達がサウナで人生の悩みを吐露するっていう。

でも、それがすごいフィンランドっぽさが出ていて良いなぁと思いました。

フィンランドって幸福度世界一と言われていますけど、その裏では離婚率が高かったり、自殺率が高かったりもしているんです。鬱になる人も多くて。

太陽が照る夏は本当に短くて、それ以外はずーっと薄曇りの時期を耐え忍ばなくてはいけないんです。鬱にもなりますよね。

そういった現実と正面から向き合って、乗り越えた上で彼らは「幸せ」を感じ取っているんです。

私は映画というものには「文化を伝える」という役割もあると思っているんですけど、この作品はちゃんとフィンランドの「幸せ」についての文化を伝えられると感じたんです。

それで配給することを決めましたね。


― 日本ではサウナがブームになりつつある昨今ですが、それについては意識されていたんですか?


多少意識はしていました。

というのも、2016年にフィンランドでこばやしあやなさん(『公衆サウナの国 フィンランド』の著者)と出会って、それから彼女のサウナ研究を日本での講演会で聞いたり、銭湯でのイベントに登壇している情報が入っていたので、「なんか日本でも銭湯やサウナの熱が高まってきているな」というのは感じていました。

それで、2018年の秋、この映画を配給しようか考えている時に、最初にあやなさんに相談しました。偶然にもサウナの本を出版することになっていて、その中でこの映画のことを紹介していることや日本のサウナブームについて知り、その時に「サ道」のことも初めて教えてもらいました。


― 森下さん自身はあまりサウナは利用されないのですか?


いや、そんなことないですよ、よく入ります。

ただ、これまで私がサウナに入るのはフィンランドにいるときがほとんどだったんですよ。

フィンランドに滞在しているときはジョギングを習慣にしているんですけど、フィンランドのバスルームには浴槽がないので「筋肉痛の回復にはサウナだな!」と、初めて長期滞在した2009年からサウナつきのアパートを借りたり、町の公衆サウナに行くようになりました。ジョギングの後はいつもサウナを利用しています。

なので、フィンランドのサウナ事情は知っていましたが、日本のサウナ事情はきちんとは押さえられていなくて。

配給が決まってからは日本のサウナのこともちゃんと知ろうと思って、色んなサウナまわりの人に会って情報を集めたり施設を巡るようになりました。

先日もサウナラボに行ってきましたし、今日(取材日は8/6)は実はこれから北欧女子会(SAUNATIME主催の男性サウナ施設解放イベント)に行ってきます(笑)


― トレンドをしっかり押さえていらっしゃいますね。では、そういう流れをつかんだからこそ、サウナ熱の高まりが見込まれる9月公開ということになったんですか?


私は最初は「サウナって温まるものだから、冬が良いんじゃないかな」と思っていたんです。

でも色々調べていたら、別にサウナが好きな人は年中サウナに入っているなと気づいて。

で、「タイミングを計るよりも今の勢いを大事にしたい」って思ったんです。

そうやって決めていったら9月公開になって、7月にドラマ「サ道」が始まるとか、「マンガ サ道」の2巻や「お熱いのがお好き?」が発売されるというタイミングに合わせることができました。偶然の積み重ねです。

タイトルに込められた意味

― 話は変わりますが、この作品の原題と邦題は同じ意味なんですか?

いえ、全然違います。

原題は “Miesten vuoro”「男の番」という意味で結構深いタイトルなんです。

それはどういうことかというと、フィンランドは女性がとても自立している国で、女性は自由で感情表現も豊かですが、逆に男性は外に対して感情を表したりしないんですね。

泣いたり怒ったりあまりしないで黙っている、みたいな。

そうやって普段蓋をしているものが解かれる場所というのが「サウナ」であることに気づいた監督が、「男性たちも女性に負けずにそうやって感情を出していっていいんですよ」というメッセージを込めて、男性たちに捧げられた作品なんです。

そして、メッセージに共感した男性たちだけでなく、女性たちの支持も集めて、フィンランドでは1年以上も上映されるヒット作となりました。


― 原題にはそんな背景があるのですね。でもそれだと直訳のタイトルでは日本人には響かないですね。


そうなんですよ、受け手に伝わらなかったら意味がないですからね。

また、海外版のタイトルは “Steam of Life” で、「ロウリュ = steam(スチーム)= 蒸気」に包まれて人生を語る本作にはぴったりな素晴らしいタイトルなんですが、「日本人がスチームという文字を見てピンと来るかな?」と考えたときに、あまりハマらないと思ったんです。

日本人にとっては「スチーム=サウナ」ではないなと。

だからやっぱり「サウナ」という言葉は絶対にタイトルに入れた方が良いと思ったんです。

そして「サウナ」という言葉ありきで邦題を考えていったのですが、結構すんなり『サウナのあるところ』というタイトルに決まりました。

結局、本作の男性たちは “サウナがあるところ” に集まって気持ちをオープンにすることができて、この作品は “サウナがあるところ” で起こっている男性たちの日常が切り取られたものだなと。

日本人にとっても、 “サウナがあるところ” ではいつも何かが起こっていて、それを体験することが楽しみだったり癒しだったりするのかなと思ったんですね。

そう腑に落ちたので、このタイトルがスッとハマって、周りの方も「それで行きましょう」と後押ししてくれたので、すんなりと決まったんです。普通はもっといくつも案を出して考え抜くものなんですけどね。

伝えたい想い

― さて、最後になりますが、この作品を観るサウナ好きの方に何かお伝えしたいことはありますか?


最初にも言いましたが、やっぱりこの作品を観ていま一度「幸せ」について考えてみてもらいたいですね。

フィンランドは世界幸福度ランキング2年連続1位ですが、そんなに簡単に幸福があるわけではないんですよ。

フィンランド人は高福祉で気楽な幸せいっぱいの人々ではなくて、当然ですが彼らも私たちと同じように人生の苦しみや悲しみを沢山抱えているんです。

それをサウナで吐き出したりしながら耐え忍んで、そうしてようやく昇る太陽の光に「あぁ、今日も幸せだな」と感じられる人たちで。

つまり、フィンランド人は「幸せに対してとても敏感」なんです。

また他にも、フィンランド人は基本的にモノとかお金よりも、友達がいることや集まれる場があることをとても大事にしているという、物質に依存しないところも幸福度が高い要因なのではないかと。

どちらかというと日本人は物やお金に囚われがちですよね。すぐに新しいモノが欲しくなるし。でも3.11以降それが徐々に変わって来ていて、日本人もフィンランド人の価値観に惹かれてきていると思うんです。

フィンランド人の考え方に共感しやすい今だからこそ、この作品を観たあとに、「自分にとって腹を割って話せる友達がいるかな」とか、「心を開ける場所があるかな」とか、そういうものを見つめ直すことが出来たら、日本人も幸せに対する感度を上げていくことが出来るし、幸福度が上がってくると思います。


― 確かに、現状だとまだ日本人って幸福を感じていない人が多い印象ですね。


私が思うのは、日本人は幸福に対するハードルが高いんですよ。

幸せになるにはこうあらねばならないとか、こうならなければならないとか、条件が多いと思うんです。

また、自分のポジションを人と比べてしまいがちなところもあったり。


― 自己肯定感が低いというのもありますよね。


実はいつも配給する映画の裏テーマには「自己肯定」があるんですよ。

『サウナのあるところ』を観たサウナ好きの人には、サウナが好きな自分を好きになってもらいたいんです。

サウナは人の心をもハダカにしてくれる場所で、その良さに気づいている自分って素敵だよねって。

そして堂々と、友だちや仲間に対して「サウナが趣味です」と言えるようになってほしいですね。

だってサウナってホントにいいところですもんね。