嬉しいことにサウナを楽しむ人が増えてきた昨今。友人・知人との時間の過ごし方の候補に、飲み会、カラオケ、映画と並んで「サウナ」が仲間入りしてきているのではないだろうか。
今回お話をお伺いするヨモギーさんはサウナ歴15年のベテラン。彼の凄さは決してサウナ歴だけではない。現在、もはやめずらしくないサウナイベントの先駆者は紛れもないヨモギーさんなのである。また「小説新潮」や「講談社オンライン」等のメディアにおいて、ユニークな切り口のサウナ論を語っており、サウナ文化の普及にも貢献されている。まさに現在のサウナ文化の礎を築いた功労者と言っても過言ではないのだ。
【1】ヨモギーさんのサウナ道
──「ザっくり」のインタビューもそうですが、サウナの楽しみ方は十人十色の印象を受けます。僕はヨモギーさんが近頃どのようにサウナを楽しんで、サウナについて考えてらっしゃるかとても興味があったので今日お呼び立てしました。
ヨモギーさんのサウナへの接し方は、コラムの内容も含めて「武士道」のような「道」的なものを感じます。
まずはヨモギーさんのサウナ遍歴を聞かせてください。
1-1:サウナは「ツール」期
僕がサウナにハマり出したのは15、6年前の2005年頃です。当時は単純にメンタルと健康ケアのためのツールとしてサウナを利用していました。
当時は今みたいに「人気施設」という概念もない時代で、「今日はここ」「明日はあそこ」みたいな感じで、都内の施設巡りもかねてサウナを楽しんでいました。
1-2:サウナ「そのもの」が好きになった期
サウナに足繁く通っているうちに、自分のサウナに対する思いが変化して、健康維持のためのツールから、純粋にサウナそのものが好きだということに気がついたんです。
凝り性な性格もあったのと、サウナに貢献がしたいという思いも生まれて、サウナ・スパ管理士という資格も取りました。
本当は温浴施設での実務経験がないと取得できない資格なんですけど、サウナをもっと知りたいという思いが強くて取得しました。
その時期から、ただのサウナの一利用者から、サウナ施設の方々ともお話しするような関係になって、業界にのめり込むようになります。
そうすると、もっと他の施設のことも知りたくなったので、都内を飛び出して全国のサウナ施設行脚を始めました。
情報収集で頼りにしたのは、今ならサウナ専門の情報サイトになるんじゃないかと思いますが、当時はそういうのがなかったので、サウナーの個人ブログでした。
今ではほとんどが閉鎖されてしまったようで、残念ですね。
1-3:サウナイベントに登壇する期 (2016年〜)
2016年に下北沢の書店「B&B」が主催した「サウナの学校」に登壇しました。当時はまだ今みたいにサウナイベントが頻繁に開催されているような時代ではなかったですね。
内容はサウナの入り方から、サウナにまつわる面白エピソードまで、ネタっぽい感じのイベントでした。
その後に、自分主催で「女子サウナの世界」というテーマでイベントを開催しました。
——どうしていきなり女子サウナだったんですか?
当時、これからのサウナは女子のユーザーを巻き込まないといけないという使命にかられていたのと、自分の好奇心ですね。
男性サウナについては散々自分で巡ってきたし、男性のサウナ仲間もいたので自分の中で男性サウナについては色々と様子がわかってきて、「未知のこと」がなくなってきていたんです。
女子サウナは自分が入るわけにはいかないので、未知の世界で興味があったんです。だから自分が女性利用者から話を聞きたいという理由で始めました。
その後も女子サウナに続いて、銭湯サウナにまつわるイベントをしたり、声をかけていただいて「ニューウイング」でもイベントをしました。今でこそ有名施設ですが、当時はまだ無名施設でした。
イベントを続ける上で目指していたことは、サウナユーザーを集めて繋げることだったんです。みんなが末長くサウナを楽しむために、小さな仲良しグループがたくさんできるといいなぁと思っていました。
しかし僕の理想に反して、それが大きくひとつにまとまってしまったんです。
人の集まりが多元化ではなく、大きく一元化されてしまったと感じました。その中に入れれば楽しいけど、そうじゃないと楽しくないという。
僕もその一元化グループの上層部みたいな扱いをされるようになってしまって、とても抵抗がありました。だから一定の距離を保つようにしたんです。
1-4:毎日を充実させるためにサウナに入る期(現在)
それ以降は、ただ淡々と行きたいサウナにひたすら行く毎日です。
イベントを主催したり、資格を取ったりとサウナ業界そのものにのめり込んでいた時期を経て、一番初めの「ツール」としてのサウナへ戻ってきました。あくまで生活が中心で、サウナはそれを充実させるためのものにすぎない。
以前はサウナにいる時間をいかにいい時間にするかを考えていましたが、今は真逆です。サウナの外からサウナのことを考えています。
【2】僕はサウナを再定義したい
「サウナの外からサウナを考える」ようになったヨモギーさん。いま彼が考えたいことは「サウナ」という言葉の定義だ。
2-1:「実存」か「実在」か
僕はまず、「サウナ」という言葉の定義が曖昧だと思うんです。
例えばサウナ施設にいって「サウナ見せて」と言うとフロント、脱衣所、サウナ室、ロッカーを見せられると思うんです。「サウナ室」だけを見せてくれるわけではない。
サウナ室、水風呂、休憩を常にワンセットで行う人にとっては水風呂も休憩室もサウナということになりますね。
でもサウナをよく知らない人がサウナと聞くと、きっとサウナ室だけをイメージすると思うんです。
それに対して、例えば「終電を逃してサウナに泊まった」と言ったら、併設されているカプセルに泊まったわけで、サウナ室に泊まったわけではないんです。
サウナ室だけをサウナと呼ぶのか、はたまたサウナ浴が行える施設そのものがサウナなのか。そこは明確に定義するべきだと思っています。
それは「実存」と「実在」の違いですね。
サウナ室がサウナなのか、人がサウナに入ることがサウナなのか。人の行為を中心に考えるかどうかを考えています。
2-2:サウナは情報ではなく体験を楽しむものである
「サウナ」という言葉を再定義したいヨモギーさんに立ちはだかるのは、サウナの記号化だという。近頃のサウナブームによって、人々がサウナに行く目的が変化してきているというのだ。
※ ※ ※
みんな初めは「気持ちがいいから」という理由でサウナに行っていたはずなのに、今では承認欲求を得ることが目的になっている気がします。
僕はみんながサウナへ行く理由を「マズローの欲求段階説」によって考えられると思うんです。
この欲求段階説は大雑把に分けると成長欲求と承認欲求に分けられ、サウナに入る動機もそれに沿って考えることができます。
健康を保ったり、サウナに入ること自体を楽しむこと。これは成長欲求だと言えます。
それに対して週に何回入ったか、何件の施設に行ったかという楽しみ方は、サウナを記号化して承認欲求を得ている状態なんです。
——サウナにハマりたてのときに記号化を楽しむことは、皆がまず通る道かなと思います。でも、ある程度のサウナ歴を重ねても、記号化で留まっているケースが多い印象がありますね。
それはサウナのデータベース化の弊害ですね。データベースで見た瞬間に、行ったことのない施設へアクセスできるようになったんです。施設のHPに載っていないような情報まで分かってしまう。
そうなるとツールを手に入れた時点で既にサウナマニアにはなれるわけです。サウナイベントへ出掛けて行って、そういうデータベース上の話さえすればもうサウナマニアになれてしまうんです。
そうなることで、サウナについての承認欲求が満たされて気持ちがいい。自分で成長欲求を満たすよりもはるかに快感が強いんでしょうね。そうするといつまでもそこに留まってしまうんです。
——体験ではなくて情報を楽しむ人が増えたと。
そうです。データベース化が始まったぐらいから、ずっと危惧していたことでした。
サウナは情報ではなくて「体験」です。
「サウナの道」があるとすれば、情報を手に入れた時点でスタートラインに立つことができるけど、歩んではいないんです。しかしデータベースを手に入れた時点で歩んだ気になっている人が多い。
そういう気にさせてしまうのがデータベースなんですよね。そこを履き違える人が多い。
——いわば地図を手に入れただけの人ですよね。地図を暗記して、そらであの国は、どこそこにあるよねと言える人がすごいとなっている風潮がありますね。
「お前あの国の人口、何人か知ってるか?」みたいなことを言ってマウントをとっている人たちはいますね。
そこに体験はないですよね。情報を優先させるあまり、たくさんの施設を知っていないとサウナーとはいえないという風潮もあると思います。そんなことはないです。ひとつの施設に長年ずっと通っている人だって、当たり前ですが立派なサウナーです。
【3】いま夢中になっているのはホテルサウナ
——弊害もありますが、サウナに関する情報が豊富になったお陰で、誰でも有名施設や現在地から一番近い人気のサウナを簡単に得られるようになりました。昔と今では施設を巡る楽しみ方も変わってきたと思いますが、ヨモギーさんの最近のサウナの楽しみ方を教えてください。
僕がいまハマっているのはホテルサウナですね。ホテルにサウナがあるかないかって、検索しても分からなかったりするんです。ないかもしれないと思って行ってみたけど実はサウナがあった!なんていう発見もあって面白いんですよ。
先述のとおり、今の僕にとってサウナはあくまで健康ツールではあるんですが、やっぱり探究心も拭いきれなくて、未知なるホテルサウナ探しを楽しんでいます。
ホテルというと「高級なところへ行けばハスレはないでしょ?」と思うかもしれませんが、それだけでもないんです。
格安なセミナー系ホテルのサウナの質が良かったり、水風呂が掛け流しだったり、ご飯も美味しかったりと、思いがけない発見があります。
ホテルサウナに関しては何かテーマを持って楽しんでみてほしいですね。
内資系、外資系、ビジネスホテル、セミナーホテルとそれぞれ特徴があって面白いですよ。
──ホテルサウナの一番の魅力はなんですか?
余計な情報がないことですね。
普通のサウナ施設や銭湯サウナだと、サウナ室の中に「ビール150円!」とか「場所取りお断り」みたいな貼り紙があると思うんですが、ホテルサウナにはそういう余計な情報がないんです。だからその分とてもリラックスできます。
【4】大切にしたいのはサウナの多様性
──僕がこのブログでサウナについて発信している理由は、おじいちゃんになったときに、今日はどのサウナに行こうか迷ってしまうぐらいサウナ施設が存在していてほしいからなんです。
そうすると、今あるサウナ施設にはもちろん継続して営業していてほしいし、施設が今以上に増えていたら嬉しい。そのためには新規のサウナーを増やさないといけないという思いがあります。
ヨモギーさんはどういう気持ちでサウナを発信しているんでしょうか?
サウナユーザーもサウナ施設も増えてほしいなとは思いますね。
プライベートなサウナを好んだり、サウナに孤独を求める人もいますけど、僕はそうじゃない。心地よいノイズとして他人と一緒になるのが良いんです。
でも知り合いとばったり会ってしまうのはあまり好きじゃないんです。「知らない他人」というところが大事。
──確かに施設や利用者が少なくなっちゃったら、サウナ室内が知り合いだらけになっちゃいますもんね。
ノイズがあった方が面白いときもあります。いつまでもそういう場所であってほしいと思っています。
──強面の人がいたり、常連のおじさんがいたり、若者がいたりと。
そうですね。しかしサウナブームの影響で、観光地化する施設が出てきたりして、常連のおじさんが居づらくなってしまった施設もあるんです。
サウナが観光地化するのはまずいことなのではないかと感じています。
最初からそういうコンセプトであればいいですけど、後付けで観光地として人気が出てしまうと、のちのち色々な問題が生まれてくるはずです。
すばらしい温浴施設はたくさんありますが、温浴というのは生活の一部なので、本来は家の近所にある施設が一番良い施設であってほしいんですよね。
だから温浴施設側も、地元の人に貢献してこそ息が長い営業ができると思うんです。そこは肝に銘じてほしいですね。
【5】疑うところからスタートしてほしい
──ヨモギーさんが将来、サウナの選択肢を残すために、なにか自分から働きかけたいことはありますか?
一人一人がサウナに対してなにが好きで、なにが好きじゃないかを考えられるようになってほしいですね。
良いサウナとして定義づけられている施設はたくさんあるんですけど、実際に行ってみて、自分にとって良いかどうかを判断して「あそこが好き」ということを言っている人は決して多くないと思うんです。
それは多くの人が、他人が定義したことを無謬的(読:むびゅうてき/意:判断や理論に間違いがないこと/出:デジタル大辞林)に信じてしまっていからだと思うんです。もし「あそこのサウナがいいよ」みたいな話を聞いたら、まずは可謬主義(読:かびゅうしゅぎ/意:「知識についてのあらゆる主張は、原理的には誤りうる」という哲学上の学説 /出:Wikipedia)的に考えてほしい。
なぜかというと、最初に疑うことができないと、ものの見方を確立できなくなってしまうからです。良いものを良いと判断する審美的な感覚が借り物になってしまいます。「誰々が『良い』と言ったから良いんだ」という基準だけでサウナを判断している人たちの、そういう考えを剥がしていきたいと思っています。
──施設への評価だとか、コンセプトというものが目に入りやすいですもんね。
まずは懐疑的にものをみてほしいです。他の媒体でも書きましたが、懐疑を超えたものはすごく強いんです。みんなもっと疑いを持って、サウナを見極めて欲しいですね。
なんだったら、さっき僕がおすすめしたホテルサウナも、本当に良いのか疑ってみた上で行実際に体験してみてほしいと思っています。
──考えを促すために、どのようなフィールドや方法で発信をしたいというのはもう定まっていますか?
それを伝えるために、僕は文章で伝えたりだとか、言葉で講演をして伝えたりというのが良いのかなと思っています。
まだ、コレという方法は決まっていないんですが、いま一番やりたいことは著書の出版ですね!
※ ※ ※
情報はときに我々の素直な感覚を麻痺させる。
初めてサウナに入ったきっかけは、未知なる世界への体験欲からだったのではないだろうか。サウナブームの今だからこそ、情報だけに振り回されずに、自分自身のサウナの時間を大切にしたいものである。
※インタビュー時期は2020年3月初旬です。
(インタビュー・やのしん / 文章・東ゆか)