はじめに
強烈な個性で、サウナ界隈において圧倒的な存在感を示すプロ熱波師・井上勝正氏。
井上氏の代名詞とも言える、熱波中に連呼するキラーフレーズ「パネッパ」は、正直何の意味を持つ言葉なのかよくわからない。だがしかし、一度聞くと不思議と頭にこびりついて離れない。
「サウナそのもの」という肩書きを自ら名乗り、もはや概念にまで抽象化された井上氏とは一体何者であり、何を考えて熱波を扇ぐのか。
私は謎に包まれた井上氏の本性を少しでも解き明かすために、井上氏と川崎のとある飲み屋へ行きお酒を交わした。
インタビュー
-- まず最初にお伺いしたいのですが、井上さんにとってサウナとは何ですか?
いや、ボクはね、正直サウナについてそんなに構えて考えていないんですよ。というのも、ボクにとってサウナは子供の頃から当たり前のようにあったものなんです。
ボクが小学校高学年の時ぐらいから、地元である大阪の銭湯にもサウナが出来はじめたんです。ボクが通っていた銭湯では小学校高学年ぐらいなら子供もサウナ入室OKだったので、興味本位で入るようになったんです。
そしたらそこを仕切っているアウトローの人が色々教えてくれるんですよ。「サウナ内で騒いだらあかん」とか、「静かにせえッ!」とか、「サウナ入った後は水風呂や」と。水風呂なんて最初は冷たかったですけど、そんな人に「気持ちええやろ?」って聞かれたら「はい!」って言うしかないですよね(笑)
だいぶ強引でしたけど、そうやってサウナと水風呂を覚えていきました。
-- ではそこからずっと日常的にサウナに入っているということですか?
そうですね。ボクや友達の家にはお風呂の無い家がほとんどで、ほぼ毎日銭湯に通っていて、そんな中で最新設備であるサウナに入らない理由はないですよ。
余談ですが、ボクは15歳からボディービルを始めるんですけど、先輩たちとトレーニングの後に銭湯に行くと先輩はサウナにほとんど入らないんですよ。理由を尋ねると「井上、覚えとけ。サウナに入るとな、養分が抜けるねん」と。今思えばデタラメですけど、当時は本当の所は調べようが無いじゃないですか。
まぁそれでもボクはサウナに入り続けましたよね、好きになってましたし。湯船の方は人が多くて、満員であまり入る気になれなかったのもあります。
-- 「養分が抜ける」と教わったとのことですが、井上さん今では「サウナは体に良い」ということを強く主張されていますよね。それはいつから確信を持ったんですか?
それはおふろの国での仕事を始めてからですね。熱波をやっていく中で「これがどう体に影響があるのかな?」っていうのが気になったんです。元々そういうメカニズムみたいなものを解明するのが好きな性分なので、それで独学で徹底的に調べていった結果、「サウナは体に良い」と確信を持つようになりました。
でも正直初期の頃の熱波なんて、ボク自身のストレス発散のためにやっていたようなものです。やっぱりね、眼のケガでプロレスを廃業した後に暴れたかったのはありますね。無意識のうちに。それまでの生活をガラッと変えて、全く違う仕事に変わって家族を養っていかないといけないっていうのはもの凄い不安と重圧だったんです。
-- そうして暴れたいという気持ちが108回とか365回扇ぐというストロングスタイルに繋がっていったわけですか?
いや、それはまた別の話です。2009年から熱波をやり始めたんですが、最初は1人3回ずつ扇ぐオーソドックスなスタイルでした。
それが、その年の大晦日に「除夜の熱波」という企画をやることになったんですよ。やることになったと言っても決まっているのはネーミングだけで、内容はボクに丸投げでした(笑) そこで考えて、「除夜の鐘は108回。…じゃあ108回扇ぐか!」となったわけです。
でも当時は扇ぎ方もわかっていなかったし、熱波に必要な耐久力、必要な栄養の知識も備わっていなかったので、30~40回くらいで体力が尽きてゼェゼェ言っていましたね。なんとかやりきりましたけど、フラフラですよ。
-- 当時はプロレスを廃業されてすぐだから、体力はあったんじゃないんですか?
いやそれがね、ボクはプロレスを廃業したときは96キロ体重があったんですけど、おふろの国で仕事を始めてから半年で30キロぐらい体重が落ちたんですよ。だから体力もガクッと落ちていたんです。
-- そういえば、井上さんとおふろの国の接点というのはプロレスラー時代からあったんですか?
ありましたよ。おふろの国で、「おふろのマナー紙芝居」というイベントをアブドーラ小林さん(井上さんと同じ大日本プロレス所属のプロレスラー)とやらせていただいていました。
-- そこでの繋がりがあったからプロレス廃業後におふろの国で働くことになるんですね。
そうですね。やっぱりプロレスを廃業しても食っていかないといけないですから。この先をどうしようか考えているときに、「よかったらうちで働きませんか?」と林さん(おふろの国店長・熱波道プロデューサー)から声を掛けて頂いて。恐らく所属していた大日本プロレスから根回ししていただいていたのもあったと思います。
でも、まさかこんなに長く続くとは思わなかったですね。というのも、おふろの国の、高温の方のサウナは縦型のガスヒーターで、ロウリュ用の「上にサウナストーンが積まれている」ようないわゆるロウリュヒーターではないわけですよ。その代わりに、容器にストーンを入れて事務所のコンロで焼いていたのを見て思いましたね、「これはすぐ終わる」と(笑)
ストーンの量も少なかったですよ。今のブラックサバス(ロウリュ時に使用するバケツに入れる「ストーンを入れる容器」の愛称)は約6kgですけど、当時はせいぜい300gくらいで。
ちなみに話は逸れますけど、ヘブンズドア(ブラックサバスのひとつ前のストーンを入れる容器の愛称)は10kg以上のストーンを使っていましたよ。
それがかなりの時間コンロで焼かないといけなくて、ガス代が半端なくかかっていました。1時間以上は焼いていましたから。結局、サウナストーンを入れる容器の素材の問題で、ヘブンズドアは鉄だったから熱伝導率が悪かったんですよ。
それで「どんな素材を使ったら熱伝導率が良いのか?」というのをを調べていって、コストとかも考えてたどり着いたのがアルミニウムの容器です。これにサウナストーンを入れる。
アルミニウムの容器に変えたら、ストーンは以前の半分くらいでヘブンズドア以上のロウリュを発生させられるブラックサバスが誕生したんです。そして、サイズもバケツに入れられる大きさだったので、持ち運びもラクになりました。
-- ブラックサバスにはそんな進化の過程があったんですね。しかし井上さんの意に反して熱波は人気になりましたね。
最初はほんともう何にもわからなかったですよ。「ロウリュって何なん?何かの当て字なん?」とか思ってたぐらいで。それがやり始めたらまぁまぁ評判は良かったんです。でもやっぱり好意的に思ってもらえない方も沢山いて「…いらない、帰れ」って言われる様な時もありましたけど(笑)
それでもありがたいことに、日曜日は当時から満員になることが多かったです。それなりに人が集まりました。それから、土曜日と日曜日を比較したときに土曜日はあまりサウナの集客が良くなかったので、6年ぐらい前から土曜日にもボクが熱波をやる事にしたんです。
そこで土曜日に熱波強化日と定めたんですけど、ひとつだけ決めごとをして、「もし集客が10人を下回ることがあったら止めよう」ということにしたんです。それはもうニーズが無いということなので。
その頃にはタックンジョー(以下:TJ)がおふろの国の従業員になっていたので、ボクから「土曜日に一緒に熱波をやらないか?」って誘ったんです。TJがそれをOKしてくれてタッグを組んだことで、ボクらの熱波はすごい立体的になったんですよ。ボクの毒っ気もTJが中和してくれたので、熱波のエンターテイメント性がグンと上がりました。
-- 確かに、井上さんとTJのコンビは息がピッタリですもんね。
TJはね、センスが良いんですよ。繊細で優しいですし。ボクの話の内容に合わせて様々なツッコミを入れてくれる。
ボクはほんと、毒々しさの塊なんです。自分自身の表現をお客さんに分かりやすく伝えようとも思ってなかったんです。いわば芸術のように、ただただその塊をぶつけていたんです。それは熱波道の原点といえば原点です。
ボクだけだったら「インパクトはあるけどおかしなモノ」になってしまってわかる人にしかわかってもらえないものが、TJが中和してくれることでそれがエンターテイメントになって、お客さんに伝わりやすくなっていったんです。
そんなわけで、TJも加入して以降、集客が10人を下回ることはなくて、どんどんとお客さんが増えていきましたね。
-- それでもアスティルなどの他施設では井上さん一人で熱波をやられていて人気を博しているじゃないですか。それは何か工夫があるんですか?
それはボク自身が、一人の時には話す内容や話題を調整しているからなんです。やっぱりね、他施設に呼んで頂いてイベントを行うからには、まるっきり同じ事をしている様ではいけません。サウナ室の構造もロウリュのやり方も違いますし。
そして何より客層が違いますからね、「人」の状況を見る目を持たないと駄目ですよ。人っていうのは熱波でいえば参加するお客さんで、お客さんの雰囲気をつかめるようにならないと。じゃないとコミュニケーションとして成立しないです。
-- やるからにはお客さんを巻き込んで盛りあげたい、というのが井上さんの想いですか?
それもそうですけど、熱波道で一番やりたいことは別にあるんですよ。それこそが「ロウリュ」ではない「熱波道」の根源なんですけど、熱波道は「体にサウナの熱を入れて骨の芯まで温めること」なんです。サウナの熱ってエネルギーそのものなんですよ。
そうやって血液や体液の温度を上げて、内臓も温めた後に水風呂に入って、脳内で快楽物質が出て気持ちよくなって、お風呂上がりにご飯を食べたらホントにご飯が美味しく感じるようになる。「尊い!」という気持ちが湧き上がってくるくらいまでお客さんを導いていきたいんです。
-- そのような根っこの考え方があるから、長い口上があったり掛け声があったりするわけですか?
そうですね、そこはもう完全に計算しています。
まずサウナ室に入ったら、パッとお客さんの顔を見ます。お客さんの健康状態が熱波に耐え得るものかどうかを見るんです。また、子供がいるかどうかも必ず確認して、いた場合はしつこいくらい大丈夫かどうか確認します。そこで「大丈夫!」と子供が返すことで、その子の精神はポジティブになって、脳に良い刺激が行くんです。
それからボクは長めの口上に入りますが、これは毛穴を開かせて、ある程度の発汗で皮膚を守らせるためです。発汗していない状態のまだ水分が染み込んでいない肌にロウリュの蒸気が当たると、体に負担がかかるんですよ。
だから、ある程度汗が出て皮膚に染みこんでいってはじめてロウリュをするんです。そうしたら肌に負担なく蒸気を味わうことができます。サウナ上級者の方にもなると、既に肌に水を染み込ませてサウナハットも被って、準備万端で熱波道に臨まれる方もおられますけど。
ロウリュを点てたらあとはもう室内を攪拌すればいいだけです、本来は。後は体内に熱を注入されていくのを待つだけなので。ボクはより熱が効率よく注入されるように、お客さんに扇ぐ数をカウントしてもらっています。声を出すことで深く呼吸するようになりますし、夢中になることで熱さを忘れさせることが出来ます。結果として「こんなに入ってた?」と思えるくらい普段より長くサウナ室にいることが出来るんです。
それでも入りすぎは良くないので、基本的には13分で収めるようにしています。まぁ調子に乗ると15分になりますけど(笑) ちなみに、一部の人はサウナは血圧の変動があるから体に良くないなんて言いますけど、サウナと水風呂に入った程度の事で体に異常をきたす様な人はそもそも生活習慣に問題がある場合が多いんですよ。
ボクの熱波で倒れた人なんてほぼいませんからね。例外的に1人だけいたんですが、それはサウナから出て水風呂に入ろうとして手すりをつかもうとしたときにつるんと滑って転んだ人です(笑)
まぁそれは笑い話として、やっぱりボクにとってサウナは言わば「商品」ですから、徹底的に効果や効能を調べましたよ。医師やサウナメーカーの方に話を聞いたりして。その上で自信をもって「サウナは確実に体に良い」と言っているわけです。
熱波をやる人やスタッフっていうのは、お客さんを得した気分にしないといけないと思います。人のためにならないといけない。だからボクは胸を張って「サウナは体に良い」とお客さんに伝えますし、熱波で熱を骨の芯まで送り込むんです。
-- 素晴らしいプロ意識ですね。さて、ここで話は変わりますが、サウナがこれからブームになるには何が必要だと思いますか?
日本人はね、潜在的にはサウナ好きになる素質を持っているはずなんですよ。ほとんどの人がお風呂好きですから。ただ、サウナに関する正しい知識が伝わっていないんです。それを伝える有名人が出てこないといけないですよね。どんどん露出していかないといけないんです。
また、サウナに関する言葉がキャッチーであればあるほど、行ってみたいと思う人は増えていきますよね。「ととのった」という言葉しかり。ボクが「煩悩が!」とか「まさにフェニックス!」とか言うのはそのためですよ。インパクトです。こうやって話していたらわかると思いますけど、ボクは日常生活では「まさに」なんてほとんど使わないですからね(笑)
-- それこそまさに井上さんの「パネッパ」はキラーフレーズですよね。あの言葉はどうやって生まれたんですか?
熱波イベントをおふろの国で立ち上げる当時、林さんと熱波中のフレーズについてどんな言葉にしたらいいか会議したんです。適当に案を出す中で、ボクが「うちの嫁が『半端なくすごい』のことを横浜では『パネー』とか『パネスゲー』と言うと言っていた」と言ったら、林さんが「じゃあパネーと熱波を足して『パネッパ』で良いじゃないですか」と提案されたんです。
ボクは正直「えぇ~?パネッパって何ィ?」とめちゃめちゃ懐疑的に思っていました(笑) 「これいつ言う言葉なんですか?」って聞いたら、「『パネッパ!パネッパ!』って扇ぎながら言えば良いじゃないですか。で、最後にみんなで『パネスゲー』で締めれば」って言うんですけど、全然乗り気になれなくて。
でもとりあえず言われたからやることにしてみたんですが、最初は誰も「パネッパ」に乗ってきてくれなかったですよ。それでもしつこく言い続けていたら、次第に浸透していったんです。
結局、本質でブレなければ意味なんてどうでも良いんですよね。例えばお祭りで「わっしょい」っていう言葉がありますけど、あれに意味はないですから。単なる昔からある掛け声であって語源なんて既にわからないんです。だから「パネッパ」もそういうものとして捉えれば良いかって、自分の中にも腑に落ちていったんです。
今やパネッパは進化を遂げて、漢字にすれば「破熱波」となって、苦しみと哀しみを破壊する言葉になりましたけど。だから何でしょうね、パネッパは望んで生まれてきた言葉というわけでもなくて、時代に選ばれし言葉だったんでしょうね。
-- 最後に、サウナーの皆さんに何か伝えたいことはありますか?
サウナと水風呂は時に批判にさらされることもあります。でもやっぱりそこは闘っていかないといけないんですよ。
ボク個人も批判された事は沢山ありますけど、どんな意見も内容を一度自分の中へ入れてから整合性のあるアンサーをするようにしています。その積み重ねがサウナの正しい理解へと繋がっていくと思っています。
どんな事にも言えることですけど、大切なのは「インプットとアウトプット」です。サウナを愛するボクたちは、みんなでサウナに関する知識を発信していきましょう!
《終》
(インタビュー・文/やのしん)
おわりに
きっと多くの人が、この記事を読むまでは、井上氏のことを「色モノ」としてしか捉えていなかったと思う。しかし、記事を読んでわかってもらえたと思うが、井上氏は決して単なる色モノではない。深い哲学と確固たる意志に裏打ちされたその様は、まさに生きながらの芸術作品である。
氏がタオルを振り続ける限り、いや、生き続ける限り、井上勝正という作品は完成することなく磨かれ続ける。それ故に我々は氏に惹き付けられ、対峙し、注目せざるを得ないのである。
しかし、決して忘れてはいけない。我々も皆、それぞれが芸術作品なのだということを。
それを胸に刻み、己のなすべきことをなしていかねばならぬのである。