ザっくりととのうサウナ入門

サウナ初心者さん玄人さんどちらにも楽しんで頂けるコンテンツを提供しようと努めるメディアです。

【熱波師インタビュー】サウナそのもの・井上勝正さん vol.3 《後編》

ザっくりの更新情報は公式LINEアカウントから!

後編

アウフグースにスポーツ性を見出して、自身がアスリートであることを自覚してやっている人がどれだけいるのか?


– 技術という観点でいうと、アウフグースのシーンがまさに技術の追求が軸になっているように感じますが、井上さんはアウフグースブームをどう思いますか?


日本でアウフグースのブームが生まれて、それを楽しむ人がいること自体は業界の活性化のために良いことだと思います。ただ、今の日本のアウフグースはヨーロッパのアウフグースのスタイルを取り入れる形で広がりを見せているんですが、少なくともボクがドイツサウナ協会の方から聞いたショーとしてのアウフグースの原則として、サウナ室は200人以上のキャパシティであることが必須条件で、出口も二か所以上必要だったりするんですね。そういうレベルの話だから、日本の小さなサウナ室とはそもそもの前提が違うんですよ。ドイツのサウナ室はそれくらいデカいからこそ、ロウリュしたらタオルで攪拌しないと全体に熱が行きわたらないという理由があるんです。

そういう前提の違いがあるからこそ、日本で行うアウフグースは掛ける水の量から日本サイズで考えなければならないんです。タオルによる熱気の撹拌についても検討が必要で、少なくともボクは熱波において撹拌が必要だとは思わないんです。ただもちろん、必要ではないけどパフォーマンスとしては有効だなと思います。それをパフォーマンスだと理解してやるのか、理解せずにやるのかでは大きな違いがあるので、そういったことも考慮しながらアウフギーサーの方々には活動していってほしいなと思います。

また、アウフグースというのは、本来的には「入浴プログラムのひとつ」です。そこからさらにエンターテインメントとして発展したショーアウフグースというのは、よりスポーティなもので、体操やフィギュアスケートと類似した競技性の高いものなんです。フィギュアスケートの舞台がスケートリンクであるように、ショーアウフグースの舞台がサウナ室なんだと。

僕が日本でショーアウフグースを行うアウフギーサーの方々を見ていて疑問に思うのは「アウフグースにスポーツ性を見出して、自身がアスリートであることを自覚してやっている人がどれだけいるのか?」「極限の空間での激しい運動に耐え得る体力を作っているだろうか?」ということです。

熱波とアウフグースって、例えるならバスケと野球くらい違うんです。球技としては一緒だけど、中身が全然違うんです。それは優劣ではなく、性質の違いとして。熱波道はタオルでの扇ぎはオマケですけど、アウフグースは扇ぎが見せ所です。これも僕の一意見でしかないので、それぞれのプレイヤーがそれぞれの性質をきちんと分析した上で自分のパフォーマンスに落とし込んでいくことが大切だと思います。そしてそれを言語化できるようにすることも。

更に言えば、「サウナ室の排気と吸気の位置をきちんと知った上でパフォーマンスしていますか?」とも問いかけたいですね。部屋の構造によって空気の対流は大きく変わってくるので、施設ごとにやり方を変えていかなければなりません。それはドアを開けて流れを体で感じればわかることなので、意識すればそんなに難しいことではないとボクは思いますが。

ちなみに、熱波やアウフグースの流行で素人の方やフリーの方などが扇ぐようになって「事故が起こるのでは?」と懸念する声も聞くようになりましたが、僕は大丈夫だと思うんです。というのも、最近始めたパフォーマーたちは基礎体力がないから、そんなに無茶してやることが出来ないはずですよ。


– 井上さんは元プロレスラーですし、体に負荷のかかるタオルの扇ぎ方をしてトレーニングもされていましたよね。


サウナ室でパフォーマンスをする人である以上、大前提として高温で過酷な環境に耐え得る体作りをまずやるべきですよ。そういった基礎体力がないと、継続して穴を開けることもなくパフォーマンスすることが出来ないですからね。そのためには、タオルを扇ぐ練習に比べてよっぽど地道な努力が必要です。

あと話題は少し変わりますが、アウフギーサーのパフォーマンスを見ていて気になるのが「タオルを落として拾って使う」場面で、これは衛生管理上は絶対にやっていけないことです。というのも、高湿度下ではウイルスなどが落下するという研究結果が出ていますし、汗やホコリなども床にはありますよね。落ちたバスタオルを拾って振るっていうことはお客さんにそれをばらまく行為なんですよ。パフォーマンスとしてどうこうではなく、お客さんを危険にさらさないという意味であれは絶対にやめてほしいし、万一落としたら新しいタオルにするなどの対策を講じてほしいですね。



(井上さんと奥さまのtamamixさん)

熱された空間だけではサウナとしては成立していなくて、そこに人が入ることでサウナになる


– なるほど、タオルを扇ぐ人には技術だけじゃなくそういった多くの知識や配慮も必要なんですね。そんな諸々を踏まえた上で、井上さんがリスペクトする熱波師さんっていらっしゃったりするんですか?


二人思い浮かぶんですが、まずは日本のアウフグース界の草分け的な存在である秋山温泉の渡辺純一さんです。札幌テルメという日本でいち早くアウフグースを取り入れていた施設で技術を習得して、2000年代始めから全国の温浴施設でアウフグースを実践して来た方なんです。そういった渡辺さんの地道な活動があったからこそ現在のアウフグースブームがあるわけですし、今でも現役プレイヤーでありながら後進の育成も行っているので、すごくリスペクトしています。

次に紹介したいのが東名厚木健康センターのSSKさんですね。SSKさんはタオルではなくブロワー(送風機)を使うんですが、それを用いてサウナ室をコントロールする技術が非常に優れていると思います。サウナ自体を尊重しているようにも感じます。SSKさんに限らずですが、湯乃泉の熱波師さんたちは施設のサウナのことをきちんと理解して最大限に活かそうとしているんです。そういう前提を大事にしているから、彼らは安易に他店には行かないんですよ。サウナの特性がわからないところではやらないという姿勢に、サウナに対する謙虚さとリスペクトを感じますね。

ボク自身も大切にしていることですが、やっぱりサウナという空間には独特のパワーがあるんですね。そのパワーをいかに引き出してお客さんに伝わるようにするか。それを言葉やパフォーマンスできちんと表現するのが熱波師の仕事です。そういう意味では語彙力も熱波師に求められる技術のひとつですね。


– 「サウナとは何ぞや」といった、哲学的な領域にもなってきますね。


サウナという空間は人間が作るものです。熱された空間だけではサウナとしては成立していなくて、そこに人が入ることでサウナになるんです。熱波イベントにしても同様で、ボクだけじゃ何にもなりません。そこに集まって下さるお客さんがいて初めて熱波が成立するんです。だからこそボクは彼らに最高のリスペクトを送ります。

仮にサウナのことを良く知らない若者が入ってきたとしても、ボクはその人に対して最大のリスペクトをします。興味本位でもわざわざその場所にいてくれる、それ自体がもう尊いことなんです。加えて言えば、施設に入浴しに来たということはお金を使ってくれたわけで、それは絶対誰かのためになっているんです。

ボクが世の中で一番くだらないと思うことは「自分のためだけに生きること」です。交通費を使って、入浴料を払って、熱波の料金まで払ってその場にいてくれる。それは自分のためだけでなく、確実に施設のためにもなっているんです。お金は命の次に大事なものだとボクは思うんですよ。それを誰かのためになるように使ってくれたわけですから、命と同等に尊重しないといけないんです。


– 井上さんの言動から感じることですが、井上さんはいつもお客さん一人ひとりと向き合っていますよね。


ひとは一人では生きていけなくて、誰かのおかげで生きていられるんです。だからみんな平等。熱波師だから偉いわけでもないですし、同様にお客さんだから偉いわけでもないんです。だからもしお客さんが横柄で他者へのリスペクトがなかったら、ボクはきちんとそれを指摘するようにしています。「お互い様」として尊重し合えるか。それは社会で生きる上で絶対に忘れてはならないことです。みんな生きている命なんだよ、と。


– お話を聞けば聞くほど、井上さんが築いている熱波道というのは、深く研ぎ澄まされていて他のパフォーマンスにない独自のものがあるように思えてきますね。


熱波道とアウフグースは似ている要素が沢山ありますが、実はやっていることは全く違うんです。熱波道はあくまで目の前にいる皆さんのために熱波をやるんです。世界のアウフグースはどうかわかりませんが、日本のアウフグースは今はまだ多くの演者が自分のためにやっている印象を受けます。現在が黎明期にあるので、時と共に変化していくとは思いますが。

現代の湯治として熱波道はサウナを提供し続けたい


– 話は変わりますが、井上さんにとって熱波をやる側の楽しみとはどのようなものなんですか?


熱波イベントは今でも毎回楽しいですよ。毎回何かしら新しい発見があるので。新規の人が入ってくればリアクションが新鮮ですし、僕自身も毎回新しい要素を交ぜるようにもしているので、お客さんの色んなリアクションがあるんです。それらのおかげでパフォーマンスが成立しているよなと、いつもありがたく感じています。

ただ、自分が楽しむだけではもちろんダメで、観察眼を養い続けなければならないと自分を戒めています。お客さんの体調管理が特に大事で、きちんと顔を観察していると体調がある程度わかるんです。イベント中は一人ひとりに声をかけられないので、お客さんを観察してしっかり判断しなければならないんです。お客さんの誰かに異変を察知したときに、いかにその人をスムーズに退出させてあげるか。そういう視点は常に持つように意識しています。

例えば、顔が赤い状態っていうのは高い緊張状態にあるという印なんですね。鼓動の高まりで顔の毛細血管にまで血液が流れているんです。そういった人にはリラックスした環境に変えてあげることが必要だったりします。


– さて、そろそろインタビューを締めくくろうと思いますが、最後に何か読者の方々に伝えたいことはありますか?


色々と好き放題に言わせてもらいましたが、結局ボクが言いたいのは「ボクはサウナが大好き」だということです。同じ気持ちの人たちと、それを分かち合いたいだけなんです。サウナ室でいつの間にか体があったまっていて、水風呂や外気浴でクールダウンして気持ち良くなる。それを習慣にしていたら心身がすこやかになっていくという、そういう現代の湯治として熱波道はサウナを提供し続けたいと思っています。


《終》


(インタビュー・文章:やのしん)