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【サウナと経営 vol.1】天然温泉 満天の湯・久下沼 伊織さん(常務取締役) 《後編》

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インタビュー《後編》


–– サウナ業界の今後の課題はどのようなものがあると思いますか?


大きな団体がなく一枚岩になれていないことが一番の課題だと思います。

サウナ業界といっても業態が様々で、サウナを保有している施設はサウナ施設以外にも町の銭湯・スーパー銭湯・健康ランド・スパ施設・ホテルなどかなり細分化されているので、まとまることが非常に難しい業界ではあるんです。

また先ほども申しましたが、そういった温浴業を本業としてやっているところが多くないので、経営に関しての切実さに差があるということも要因のひとつになっていると思います。

私自身『ニッポンおふろ元気プロジェクト』という団体の理事をやっていたり、他にも『サウナ・スパ協会』があったりと団体はいくつか存在しますが、どれもまだまだ部分的な集まりであるのが現状です。

一枚岩になれないことによる弊害は、コロナ下で如実に表れました。名指しでスーパー銭湯やサウナ施設が自粛対象にされたとき、行政に対して意見を言える団体がなかったんですよね。町の銭湯は良くてそれ以外の温浴施設がダメっていう行政の判断に対して、ただただもどかしく思うしかなかったんです。

そのときに、やっぱり団結しないまま個々で活動しているといずれ業界が低迷していくなと痛感したんです。きちんと意見を言えるようにして、業界全体で今以上に経営を安定させていって、新卒の方たちが胸を張って温浴業界に就職することを喜べるようにしていきたいと思っています。

また、大きな団体を作る意図は他にもあって、「統一の安全基準の策定」も行うべきことだと考えています。

例えば、サウナとシャワーだけで水風呂なしの施設なら初期投資を抑えて作れてしまうので、温浴施設の運営を知らない方たちが容易に参入できてしまうんです。それ自体が悪いことだとは思いませんが、やはりそういう方々は知見が足りないので、安全管理や衛生管理が行き届かないというのは起きうることだと思います。

そういう時に安全基準や警鐘を鳴らせる組織があれば彼らにとっても参考になると思いますし、現状それぞれで運営している施設においても安全性の底上げを図れると思うんです。テントサウナの分野でいえばSaunaCamp.さんが安全基準を作られていましたが、サウナやお風呂についてもそういった取り組みがあることで自分たちを守って行けると思うんです。仮にどこかが事故を起こしてしまったら、業界全体に大きな影響が出てしまいますから

個人的には『ニッポンおふろ元気プロジェクト』での活動も広げていければと思っているんですが、なかなか難しいところがあるんです。先ほど挙げた理由以外にも、やはり現場の対応が忙しくて集まりに割く時間を取りづらいのも事実ですし。でもどうにかして、もっと社会的に認められていく業態になるようにしていきたいと思っています。



(※修繕を行う久下沼さん②)


–– サウナ業界の未来についてはどのようになると予測されていますか?


今は個室サウナを中心に新しい施設が増えていますが、いずれ淘汰されていくと思います。特に「作ること・所有すること」が目的になっているように見受けられる施設は続けていくことが難しいのではないかと思います。

逆に「こういう体験をしてほしい」という明確な想いがあるところは残っていくと思います。想いがあればこそ、その実現のために地道な努力や改善を続けられるので、単に不動産ビジネスとしてやっているところとは差が出てくるはずです。そういう意味では、残るべき施設が残っていくだけだと思うので、暗い未来ではないと考えています。

やはり、施設の存続のために大事になってくるのは「共感」だと思います。その店に対して共感できるものがあるのかどうかで、ファンが出来るかどうかが左右されてくるのだろうと。

かといって他店がファンを獲得した施策をただ模倣すればいいかというとそんなこともなくて、敬意の欠けた模倣では大した効果は得られないと思います。例えばおふろcafeさんがコーヒーを無料にしたりハンモックを設置したりと創意工夫をされていますが、なぜコーヒーを無料にしてあるのか、ハンモックの設置にどんな意図があるのか、そこを理解したうえで自店舗の状況と照らし合わせてみないと意味がないんです。

他店の施策の本質を捉えて、自分の店舗にフィットする形で具現化することが肝要ですし、きちんと効果測定も行って試行錯誤していくことが必要です。

他の施策でいえば、湯らっくすさんの深い水風呂を模倣する施設も増えてきていますが、あれもただ深さ勝負をするだけでは本質からズレていますし、むしろいずれ事故が起きる危険すら孕んでいると思います。自戒も込めて言いますが、安全性の担保というところはどんな施策をする上でも絶対に忘れてはいけないですね。

とはいえ事故が絶対起きない保証はないし、小さいことを含めば必ずトラブルが起きてしまうのが温浴業です。だからこそ可能な限り起きないように安全管理に最善を尽くすことが必要ですし、第三者評価を受けた結果の掲示など、それを見える化していくことも大事です。


※ ※ ※



(※OFR48)


–– 久下沼さんはアイドルオタクでいらっしゃいますが、アイドル業界から学んだことはありますか?


そうですね、先ほど挙げたように「おもてなし総選挙」はその一例ですが、温浴アイドル「OFR48」の結成もその例として挙げられます。これは周りからはノリで作ったと思われがちなんですが、私たちなりにきちんと考えがあって運営しているものなんです。

OFRはメンバーそれぞれがどこかの温浴施設に所属しているんですが、スタッフがお店の顔となって発信活動をしていくことに意義があると思うんです。顔となる存在がいることで、メンバー自身の自分磨きはもちろん、施設全体としてブラッシュアップがなされる効果があると思うんです。というか、そうしていかないとお客さんがファンにはなってくれないんです。メンバーもその母体も成長していくことがファンの獲得につながるという点ではアイドルと同じ考え方ですね。

お客さんがファンになってくれたら、施設やスタッフの取り組みに興味を持ってくれて、継続して利用してくれるようになるんです。例えばグッズ販売をしたとして、お客さんがグッズを持つことを誇りに思ってくれるような店舗運営のレベルまで高めていくことが施設のあるべき姿だと思います。

ちゃんとお客さんがファンとして付いてくれると、アイドル業界の物販のノウハウが活かせるようになってくるんです。一例としては、一色だけで販売していたサウナマットを五色展開にしたら売上げが大幅にアップしたことがありましたね。


–– ちなみに、アイドルの現場でも運営の動きをチェックしていたりするんですか?


そこのところはやっぱり見てしまいますね。アイドルの運営って割とアバウトなところが多くて、レギュレーションの説明が行き届いていないが故にファンを取りこぼしている様子がもったいないなって思うことが多々あるんですよ。

そういったところは自分の施設に当てはめて考えてみて、「自分たちも似たようなことをしてしまっていないかな?」と振り返るようにしています。要は自分がされてイマイチだったことはうちではやらないようにして、されて良かったことはエッセンスを取り入れようという感じです。私は温浴施設の視察も頻繁に行っているのですが、そういう目線で全てが勉強だと思って観察しています。


–– 運営が良いなと感じるアイドルグループはありますか?


最近だと『りんご娘』はファンのことをきちんと考えてくれていると感じました。今年の3月いっぱいで既存メンバーが全員卒業して新メンバーになってしまったので、絶賛ロス中ではあるんですけど(笑)

グループ自体が「青森県をPRする」というコンセプトを明確に持っていて、メンバーも青森のことをきちんと学んでいて、自分の言葉で魅力を発信出来ていたんですよね。

既存メンバーの卒業のときも、運営もメンバーもそれぞれファンに寄り添った対応をしてくれました。消化できなかった特典の救済をサプライズしてくれたこともそうだし、特に象徴的だったのが卒業コンサートでの出来事で、通常はファンが卒業メンバーに対してスタンド花を立てるんですけど、彼女たちはグループからファンへ向けてのスタンド花を飾ってくれたんですよ。そんなことされたらファンとしてはたまらないじゃないですか。そういう所などから「お客さんに心理的な還元をすることの大切さ」を学ばせてもらいましたね。



(※「りんご娘」卒業コンサートの時のメンバーからのスタンド花)


※ ※ ※


–– 先ほども少し話に出ましたが、久下沼さんは新規オープンの温浴施設に必ずと言っていいほど足を運んでいますよね。どういう意図でそれを行っているんですか?


基本はミーハーなだけですけどね。トレンドはいち早くキャッチしたいですし、直接行くことで体験として語れるようになりたいんです(笑)

じゃあ漫然と施設を利用して終わりかというともちろんそんなことはなくて、どういう良い部分や改善すべき部分があるかっていうのはくまなくチェックしています。別に評論家ではないので良い悪いなどの評価は発信しませんよ。

実のところ私は、新施設がオープンしたらすぐ行きますけど、数ヶ月後にもう一度行くようにしているんですよ。というのも、その間に改善すべきと感じた部分をどのように対応したかを学ぶためなんです。一回行っただけだと「点での印象」になってしまうんですけど、二回行くことで「線での印象」になるんですよね。そうやって変化を感じる姿勢を持つことが、自分の目や感覚を鍛えることにもつながっていくと思います。

温浴施設っていうのはやっぱり近隣住民の方がメインのお客さんにならざるを得ないものなので、常連さんに飽きられたら終わりなんですよね。飽きさせないためには「満天は次にどんなことをするんだろう?」とワクワクさせ続けることが必要になって来るんです。その期待に応えるためにも、色んな施設を視察し続けて学ぶことは今後もずっと続けていかなければならないことだと思っています。

ただ、その姿勢を私だけが持っていてもダメで、飽きさせない取り組みに対してスタッフ全員が前向きにならなきゃいけないと思っているので、うちの施設はこまめなアップデートを習慣的に行うようにしています。そうしないと新しいことをやるのに抵抗感が生まれて現状維持でいいやという考え方になってしまって、次第にお客さんに飽きられてしまいますから。

一方で、期待を上回ろうという意識だけに囚われてサービスが「過剰」になってしまったり「過激」になってしまったりするのは避けなければならないことだと思います。安定経営のための取り組みであることが大前提ですし、「絶対に事故は起こさないようにしなきゃ」という慎重さは常に根底に持つようにしています。どんな施策を打とうか妄想して楽しみつつも、施設にフィットしたものであるかを問う姿勢も忘れないようにする。そうやってバランスを取っていくことを大事にしています。



(※北海道旭川市の「銀座サウナ」視察)


※ ※ ※


–– これからのスーパー銭湯はどのようになっていくと思いますか?


予測というよりは「こうあるべき」という考えになりますが、「有事の際にこそ人々が安心できる場所にならなきゃいけない」と思っています。例えば震災などの災害時でも、公衆衛生を保つためのインフラとして機能するように。私自身は被災の経験がありませんが、他店舗の方の経験談を伺うとその大事さを強く感じます。

弊社の取り組みとしては、2018年に行政と災害時支援の協定を結んだりするなどしています。やっぱり民間だけでやっていくことには限界があるので、公民連携でやっていく必要があるのかなと。

また、未来の予測について願望も込めて言えば、スーパー銭湯が見直される時代が来るのではないかと思っています。

というのも、現在のサウナブームで温浴施設の新規利用者は確実に増えています。サウナに入るついでにお湯にも浸かると思うんですけど、そこで大きい湯船の魅力を感じてくれる人たちがきっと増えてくるはずなんですよ。

それをチャンスと捉えて、改めてお湯に浸かることで得られる効果を伝えたり、スーパー銭湯が心身を癒せる場所であることをこちらから積極的に発信していかねばと思っています。そういうときに医学的な裏付けなどもあると説得力が増すのですが、それこそ大きな団体があったらそういう施策がやりやすいよなと思います。

やっぱり自分のところだけではなく業界全体で浮上していく意識で束になって取り組んでいかないと、中長期的に温浴業界が生き残っていくことは難しいと思います。そういう同志を見つけていく意味でも、草の根レベルであろうが発信をしていくことは今後も続けていきたいです。


《終》

おわりに

僕が期待していた通り、久下沼さんは「シェアすべき有益な情報」を惜しみなく出して下さりました。自社の成功の要因を表に出したがらない企業も多くあるだろうことは容易く予想が出来ますし、恐らく大きな団体が出来ない一因にそれがあるとも思いますが、それを厭わずにオープンにして下さった久下沼さんには本当に感謝の念でいっぱいです。

インタビューの中で、「スタッフにはまずマニュアルを1から10まで実践出来るようにさせて、そこからの臨機応変」だと仰っていましたが、施設そのものの在り方も同じなのではないかと僕は思います。まずは業界標準が明確になり施設それぞれが基礎をきちんと押さえて、そこからどう差別化していくか。基礎があってこそ差別化の工夫が活きてくるわけで、基礎のレベルを全体でどう底上げしていくかが業界全体としての生命線だと思います。

今回の取材を終えて、改めてこのような発信の必要性を感じたので、これからもこのシリーズは継続的に展開していこうと思います。

長い記事になりましたが、最後までご覧くださりどうもありがとうございました。


(インタビュー・文/やのしん)

プロフィール

久下沼 伊織(くげぬま いおり)
大型競合店出現などの不利な状況でも過去最高益を更新し続ける開業17年超のスーパー銭湯『天然温泉 満天の湯』を運営。全国の温浴施設が視察に訪れるバックヤードマネジメント術に定評がある。
生きる楽しみは「食う・寝る・(風呂に)浸かる」。オフロ保安庁長官やOFR48劇場支配人などの肩書きももつ。