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【熱波師インタビュー】サウナそのもの・井上勝正さん vol.3 《前編》

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はじめに

圧倒的な存在感を誇る熱波師・井上勝正さんのインタビューも、2019年に始まり、2020年を経て今回で3回目となった。自らで考えて言葉を紡ぐ姿勢は以前から変わらないが、話を聞くたびに発言の内容が深化している印象を受ける。

過去のインタビューを掘り下げて読んでいくと、その深化していく様がリアルに体感出来るし、井上さんという存在をより立体的に捉えることが出来る。まだ読んだことがない方はぜひそちらも読んでみて頂きたいし、過去に読んだことがある方も改めて読み直してもらえたら今回のインタビューをより楽しめると思う。


zakkurisauna.hateblo.jp


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井上勝正さんプロフィール

《井上勝正》
おふろの国 サウナ熱波道熱波師「サウナそのもの」。
JSNA熱波師検定講師、ドイツサウナ協会認定アウフギーサー(有資格)、ロウリュアドバイザー。
2022年週刊SPA!「サウナを広めた人2022ランキング」第3位、2021年第5回日本サウナ大賞「大賞」受賞。
元大日本プロレス所属。

インタビュー

体を温めて、冷やして、休憩したら気持ち良い。そのあとご飯を食べたら美味しい。それってものすごく幸せなことだよ


– 井上さん、お久しぶりです。今回は井上さんからインタビューの逆オファーを頂いての実現となりますが、やはりコロナ禍の期間を経る中でサウナについて改めて考えることがあったのでしょうか?


ボクが肝に銘じていることのひとつに、「施設に所属する熱波師である以上、所属するお店の経済を潤す存在でなければならない」という思いがあるんです。そのためには、日頃からサウナのことについて考えるという習慣が必要で、ボクは粛々とそれをやり続けていますが、コロナで客足が遠のいてしまったことで今までになく危機感を覚えました。

でもそこで大事になってくるのは、頭を抱えながら打開策を模索することではなく「いかに力みなく考え続けられるか」ということだと思います。自分に余裕がなく肩に力が入った状態でサウナのことを考えても、自分も疲れてしまうし得られる気付きも少ないんです。リラックスして、呼吸するような感覚でサウナのことを考えられるようになると、サウナへの理解がグッと広がっていきます。そういう姿勢で取り組み続けていくことが施設のためになるし、もっと言えば温浴業界のため、さらには日本経済のためにもつながっていくと思います。


– 最近だと熱波、というかアウフグースが特に勢いがあって世界大会の日本予選が今年初めて行われましたが、それについてはどう思いますか?


ボクの個人的な意見としては、世界とかどうとかっていうのはあまり興味がないですね。仮に大会で世界一になったとしても、それは自分自身の実績であってそれ以上でも以下でもないと思うんです。ボクは自分自身の称号を増やすことよりも、目の前のお客さんに満足感を与えることにやりがいを感じるんです。

ただ、称号を得たりして有名になれば、それがきっかけで周りに良い人材が集まって来るし、独自の経済圏を作れるというメリットもあるのも事実です。結局そういう目的意識を持って有名になるか否かが大事で、そこに気付かないままだとマスターベーションの範ちゅうに留まってしまいますよね。


– 施設で熱波やアウフグースを始める人もどんどん増えていますが、一流のプレイヤーになっていくために必要なこととは何でしょう?


「全て」です。タオルを振る技術、お客さんに対する観察力、サウナの理解、さらには社会や経済や芸術の知識など、あらゆることについて探究心を持って学び続けることが一流のプレイヤーには必要だと思います。

自分が閉じた存在になってしまうと、同じ人しか集まらないようになってしまうんです。それでは世界は広がりません。だからもしそうなりかけていると気付いたとき、新しい方向に舵を切る勇気を持てるかが一流になれるかどうかを左右するのでしょうね。


-- 「お客さんを魅了できるか」というのも熱波師やアウフギーサーには求められることだと思うのですが、井上さんはその点ですごく突き抜けた存在ですよね。


それはボクについて言えば、日頃の努力の積み重ねですよ。具体的に言うならば、サウナについて聞かれた時に「わかりません」と言うことが無いようにすること。熱波師がお客さんのどんな疑問にでも答えられる存在であれば、お客さんは安心して身を委ねることができますよね。

いまボクは子育てをしていますけど、子どもってちょっとしたことをすぐ質問してくるんですよ。「どうして山は色んな色の緑があるの?」みたいに。親としてそういう疑問には何でも答えてあげたいのでそう出来るよう努めていますし、実際に答えてあげると息子からの信頼が厚くなるんです。熱波師とお客さんの関係性も似たようなところがあるんじゃないかと思います。

そのようにお客さんとの関係性を積み重ねていくには、「自分がどれだけサウナのことが好きかどうか」というのが重要になってきます。サウナやロウリュのこともそうですし、感覚的なところで言えば「気持ちよいこと」が好きで堪らないのであればこそ継続できるのだと思います。健康面での医学的な見解は知識として持っておきますが、それは後付けに過ぎなくて、気持ちよさについての深い理解がないとお客さんとはつながれません。

ボクには「体を温めて、冷やして、休憩したら気持ち良い。そのあとご飯を食べたら美味しい。それってものすごく幸せなことだよ」ということをお客さんに伝えたいという想いがあります。その目的があるから、僕は迷わずに目指すべき方向へと進んで行けているのだと思います。


– 「気持ちいいサウナ体験をして欲しい」という想いが原動力になっているんですね。ということは、井上さんが熱波を行うのは「自分の熱波を受けた方がより良いサウナ体験が出来るよ」という意図があるんでしょうか?


そうですね。結局、長くサウナに入って体がしっかり温まって水風呂で冷やして休憩すれば気持ち良くなれるわけですが、最初の工程である「長くサウナに入ること」が苦手な人が多いんですよ。

それを踏まえると、ボクが担うべき役割は「お客さんが時間を忘れてサウナに長く入っていられるようにお手伝いすること」なんです。そのために必要なのは、ボクの場合はタオルの扇ぎじゃなくて、いかに口上やロウリュでお客さんをボクの世界に引き込めるかです。

最近のボクの熱波を受けている人ならわかると思うんですが、ボクは以前よりもサウナ室内でタオルを扇ぐ量が減っています。ロウリュで発生する水蒸気は時間が経てば自然に下に降りてきますから、タオルで撹拌(かくはん)することが絶対必要かというとそうでもないなと思うようになりました。

またボクの中では、熱波イベントはロウリュする瞬間が一番のメインであるべきだなという考えが年々強くなっています。熱気がゆっくり降りてくるのを楽しむのが本来のロウリュの楽しみ方なんじゃないかと思うようになったので、タオルの比重が低くなっていっているんです。

あと、長くサウナに入ってもらうための別の工夫として、「お客さんがリラックスしてサウナ室にいられるようにすること」も大事です。そのためにボクはお客さんに対して、「熱波の前は水風呂に入ってちょっと寒いくらいになっておいて下さい」と言うんです。なぜかというと、その状態でサウナ室に入れば誰でも入ってすぐに「あったかいなぁ」って思うじゃないですか。そうするとリラックスできるんです。例えば逆に、ほてった状態でサウナ室に入ると「熱いな」というネガティブな感情が生じてしまって、緊張状態からスタートすることになってしまいます。サウナは暖を取る目的で生まれたものなのですから、まずは温まることを喜びに思ってほしいんです。


その人のととのいはその人自身でしか認知できないこと


– 以前は108回タオルを扇ぐ「108熱波」をやっておられましたが、その頃とは考え方が変わってきたんですね。


僕も日々熱波をやりながら考えていますからね、何かしら変化していくのは必然かなと思います。また、今って施設のサウナ室のスペックがどんどん上がってきているんです。スペックが変わればそれに合わせてパフォーマンスも必然的に変わっていくという側面もあります。

ボクは思うんですけど、熱波師はサウナ室のスペックを最大限に引き上げる存在であるべきなんですよ。いま熱波をやっている方々には「きちんとそれを意識してやっていますか?」ということを問いかけたいですね。


– サウナへのリスペクトがあってこそのご発言ですね。井上さんの活動の中には「自分がリスペクトするサウナの魅力を多くの人に届けたい」という思いもあるんですか?


サウナの魅力を知らない人に積極的に魅力を届けたいかというと、そうでもないんですよ。なぜなら、世の中には楽しいことが沢山あって、どれがその人に合うかは人それぞれですから。ボクは熱波師である前に、一人のサウナ好きなんですね。とはいえ人生にサウナが必要不可欠なものかというと、サウナが無くても生きてはいけるものだと思います。

じゃあボクが何を目的に熱波をやり続けているかというと、ご縁があってボクに関心を持ってくれた人たちにきちんとサウナの魅力が届くように努めているだけなんです。サウナに興味がない人たちに魅力を伝えようとすることは伝達の効率が悪くて負担に感じてしまって、目の前のお客さんを満足させることだけに集中することができないので、今のボクにはそれをやっている余裕がないんです。

そういう考え方をしていく中で思うこととして、施設側の人間がお客さんに「ととのいを提供します」なんて言ってしまうのはおこがましいことだなと個人的には感じます。ととのいや癒しというのは一人ひとりの人の心に存在するものであって、誰かが干渉できるものではないんです。つまり、その人のととのいはその人自身でしか認知できないことであって、他者がとやかく言うことは出来ないです。

例えば、ボクはキン肉マンが大好きで、フィギュアを見ているとすごく癒されるんですよ。でもそれが他人に等しく当てはまることかというと、そうは思いません。だから周囲に対して「キン肉マンのフィギュアを買おうよ」とは言いません。サウナも同じようなことだと思うんです。

また、サウナの接し方についても同様で、自分にとっての最適な答えは自分の中にしかないんです。サウナの中にあるのではなく、サウナに入っている自分の心にある。だからサウナに入る方々には、外側に答えを見出そうとしないで、勇気を持って自分を信じて、自分の心と向き合ってほしいですね。

施設のためを思って責任を取る覚悟をもつことが「施設の熱波師の柱」になる条件


– おふろの国も最近は新しい熱波師が増えていますね。施設にも変化が生じて来ているんじゃないでしょうか?


おふろの国で熱波師として活動する場合、早朝清掃などに入って運営面にも携わることでサウナや施設への理解を深めてもらうというのが理想的な流れなので、できる限りそういう関わり方をしてもらうようにしています。というのも、熱波がしたいから熱波だけにしか関わらないというのではなく、熱波が行われる場であるサウナ自体ときちんと向き合える人材に育ってもらいたいんです。

ボクはおふろの国でずっと早朝清掃を担当してきているんですが、今ボク自身は作業そのものにはほとんど携わっていなくて、チーフとしてタスク管理をしています。作業をしないのは楽をしたいからではなくて、社員がいつまでもプレイヤーのままでいたら施設への貢献度が高まっていかないので、経験をきちんと落とし込んで人材育成をしていかなければいけないと思うんです。そのために管理側に回って、ボクがいなくても現場が回るような仕組みを作っています。

タスク管理も決して楽ではなくて、通常作業のフローや緊急時の対応など色々と取りこぼしのないように落とし込む必要がありますし、アルバイトで来て下さっているスタッフさんたちにどうそれを理解してもらえるようにするかも工夫が必要です。ただ単にそれを「やらせる」のではなく、どうしたら「やっていただけるか」という姿勢で向き合うようにしています。


– 確かに井上さんがいないと回らない組織になってしまったら、組織としては井上さんに依存することになって、もしもの時にもろさが出てしまいますよね。


熱波道についても同じ取り組みを行っていて、実は今はもうボクがいなくなっても大丈夫な状態になっているんです。熱ッスル大野くんという熱波師の存在が大きくて、彼が熱波道の新しい時代を担っていくと思います。熱波道の思想を踏まえて自分なりに解釈して、それを体現することが十分に出来ているんです。

大野くん自身は次世代を担うスタンバイが出来ているんですが、現状はまだボクが健在なのでまだ彼の真価が試される時期にはなっていないです。でもいずれその時がやってくるでしょう。


– 頼もしい存在ですね。ただ、井上さんとしては自分の立場を揺るがす存在だと脅威に感じたりしなかったんですか?


そういう風に思ったりはしなかったですね。例えばそんなことを思って自己保身のために大野くんを冷遇したりしたら、おふろの国のためにならないですから。結局そこだと思うんですよ。施設のためを思って責任を取る覚悟をもつことが「施設の熱波師の柱」になる条件かなと。


– ところで、熱波師ブームやテレビへのご出演などで井上さんの注目度は高まっているはずですが、あまり新しい施設での熱波はしていないですよね。きっと色んなオファーが来てるのでしょうが、あちこちの施設で扇がないのはなぜなんですか?


それは簡単な話で、ボクにとってはおふろの国と熱波道加盟店でのスケジュールが最優先です。その予定を曲げてまでよそからのオファーを優先することはありません。それは施設に所属する人間にとって果たすべき責任ですよ。実際のところはボク自身がオファーを管理しておらず店長の林さんに任せていますが、林さんの下で働いている以上は林さんの判断に従うまでです。

あと、熱波師はお客さんの気持ちに寄り添わないとダメだと思っていて、定期的に熱波をおこなっている施設の予定はよほどの事がない限り守らなきゃいけないんですよ。毎月それを楽しみに来てくれる人もいるし、初めての人でもそれを心待ちにして予定を調整してくれていたりするので、そういった気持ちに応えなければならないと思っています。

最近の熱波シーンでは技術に注目がいきがちですが、それだけを追い求めているようでは熱波師として思考停止状態になっていると思います。


(後編に続く)

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