はじめに
昨年4月に井上氏のロングインタビューを公開したところ、非常に大きな反響があった。
恐らく、個性的なパフォーマンスから「イロモノ」であると思われがちだった井上氏の印象が、180度と言っても過言ではないほどガラッと変化したからであると思う。
そんな井上氏も2020年で50歳を迎える。
その節目に、氏は何を思うのか。現状をどう捉え、どのような未来を描こうとしているのか。
それを探るため、またしても川崎市内某所で氏と杯を交わした。
インタビュー
-- 近ごろ井上さんをはじめ、おふろの国のメディアへの露出が増えてきましたね。
あれは元々、2km圏内に温浴施設が3件も並んでいるということが日本中で見ても珍しいことなので、それがあって数年前からエリア自体が注目されていたんです。
その中でも、おふろの国は店長や僕自身がSNSでの発信を行っているので、それをきっかけに興味を持ってもらいメディアからお声をかけて頂いているケースが多いですよ。
ありがたいことに継続してテレビなどにお声を掛けてもらっているわけですが、決して簡単なことではありませんよ。
視聴者や読者にとってタメになる様な、結果的に有意義になっているような事をブラッシュアップし続けていますから。
それは正直しんどくて、かなりのエネルギーを消耗することです。それでも僕はやるんです。
-- 露出して変わったことはありますか?
単純に、テレビを見て来て下さるお客さんが増えましたよ。
あと、常連さんがすごく喜んでくれましたね。常連であるということを自信に持ってもらえたようです。
-- 井上さんご自身の変化はどうですか?
僕も変化していると思います。といっても軸は変わっていませんが。
軸そのものはTwitterのフォロワーさん、お店に足を運んで下さる常連さんのためにもブレてはいけないものです。
でも最新の情報や知識は常にアップデートする必要があって、それによってアウトプットする内容に変化が出てくることもあります。
昨日やっていたことと今日やっていたことが違うように見えるということが、外から見たらあるかもしれません。
でもそれは軸がブレたのではなく、自分を「更新」しているのであって、その変化を恐れてはいけないんです。
なぜならば、自分自身が施設や団体、および協会の看板を背負っているからです。
どこかに所属して活動している以上、所属先、支援して下さる関係者、何よりもお客さんに対して「貢献する」必要があるんです。
自分が変わらないと、情報も古くなるし、パフォーマンスも見慣れて来て飽きられてしまう。それでは一過性のものになってしまうと思います。
だから、自分を更新し続けることはプロとして「当然」のことなんです。
たまに格闘技なんかで、自分の勝利のことしか考えていないような選手がいますけど、それだとまだアマチュアなんですね。たとえタイトルを取っても、真の意味でのチャンピオンにはなっていないんです。
真のチャンピオンというのは、自分の闘いを通して観客を魅了して、それによる利益が所属先に還元されるようなことをするんですよ。
だから例えば、僕は大日本プロレスの一員として参加した熱波甲子園のタイトルを持っていますけど、よその施設に招かれて熱波をする時は必ずベルトを持っていって説明していますよ。
大日本プロレスだけでなく、熱波甲子園も背負っているので、それをきちんと伝えなければならないんです。それを踏まえてお客さんを巻き込んでいくことに意味があるんです。
だからもし、ただ何となく流行りだから熱波をしている、というようなところがあるとすれば、それは今後しっかり考えていかないと効果的ではない取り組みになってしまう恐れがあると思います。
-- サウナブームの影響で少なからずそういう施設は増えてくるでしょうね。ところで、井上さんはいまのサウナブームをどのように捉えていますか?
僕はそもそもブームだと感じていないですね。結局いまは一握りのサウナに目覚めた人たちがいくつかの目立った施設に集中しているだけであって。そもそも5,6年前からサウナブームだとは言われていますけど、社会現象までには至っていませんよね。
社会現象化すべきかというのは何とも言えないですけど、これが今後ジリ貧となって衰退したらいけないわけで、その為に必要なのは「発信」だと思います。
いま発信を積極的かつ効果的に行っている施設の人たちは、表には出していませんが危機感を感じていると思いますよ。追い詰められているからこそ、そこに工夫が生まれるし、言葉や取り組みがお客さんに刺さるんです。
昔なにかの記事でたまたま読んだことなんですけどね、サメって、誤って岸に打ち上げられてしまった時どうなるか知っています? エラ呼吸が出来なくなってゼエゼエして死にそうになるんですけど、3分ぐらいすると空気から酸素を取り込むことが出来るようになるらしいんですよ。
つまり、そういうことですよ。
-- 井上さん自身は、追い詰められて見出したことって最近何かありますか?
そうですね、僕自身についていえば、僕は最近「新しい湯治の形」を提唱するようになりましたね。
突き詰めて考えていくと、アウフグースは僕にとっては手段であって、目的ではないんです。サウナになるべく長く入って血液を温めて血流を良くして、それを脳に送る。そしてそれを水風呂や外気浴で冷やすだけで良いんです。
1日20分で良いんです。それだけで現代人は健康を維持できるようになると僕は本気で思っています。
感覚ではなく理論を学んだ上で、「準備と入り方が適切であれば、サウナは万人に良い」と確信を持っています。「サウナそのもの」について皆さんに知ってもらうことに価値があると思うから、伝え続けていけるんです。
そしてそれをより伝えやすくする、というか相手がより受け取りやすい状態にするために、僕はメディアから注目を浴びるように振る舞うんです。
-- 今後もっと井上さんが注目を浴びていけば、いずれ「熱波ブーム」や「熱波師ブーム」なんてものが来るんじゃないですか?
どうなんですかね、来たら嬉しいですけど。でもね、今のままでブームが来てしまってもダメですよ。どういうことかというと、今はまだ熱波をやる側への教育が行き届いていないと感じているんです。
大前提ですけど、サウナ室で熱波をやるっていうのは大きな危険が伴っているんですよ。絶対に事故を起こしてはいけないんです。
それこそ事故に対する危機感。それを全国の熱波を行う熱波師が十分に理解して、きちんと予防できるようになってからじゃないといけないんです。一度起こってしまってからでは取り返しがつきませんから。
ドイツの話をすると、向こうで行われているアウフグースというのは、危機管理が徹底されているんですよ。
まずもってライセンスを持っていない人はアウフグースが出来ないですし、内容についても細かく規定されていて、何分間行うのか、どれくらいの量の水を使用するのかなんかがきっちり決まっているんです。熱さについても、何段階中の何番目くらいになるというのが告知されるそうです。
そうやって品質を安定させて、事故を予防しているんですね。日本もそういった取り組みをもっとやる必要があると感じています。
-- 確かに危機管理についてもっと徹底していく必要はありますね。でも、井上さんを始め、魅力的な熱波師は確実に増えてきたと思います。「大サウナ博」での、井上さんと復火さんのバトルなんかは壮絶で、観戦していた僕は胸が熱くなりました。
まずもって熱ッスルマニア(※)というものが特殊ですからね。
(※)サウナ室で熱波師同士が向かい合って、言葉とタオルで語り合う形式のバトル(おふろの国オリジナル)
ルールだけ見れば誰でも出来るように思えますけど、実際に土俵に立てる人はなかなかいないですよ。
あの時の復火は相当の覚悟を持ってあの闘いに臨んでいたんです。熱波師になりたくておふろの国の門を叩いて修行を積んできたのが、都合により海外赴任することになって、熱波師を続けることが困難になってしまったんです。
道半ばで辞めざるを得ない悔しさって相当なものですよ。その上で僕に挑んできて、僕も真っ向勝負で彼と向き合った。
その結果、きっとあの闘いを終えた直後に、復火は「熱波師になりたい」と志していた時に至りたかったであろう境地に達したと思いますよ。それぐらい彼はすべてを出し尽くしたと思います。それがお客さんにも刺さったんでしょうね。
-- さて、そういった新たな出会いや別れがある中で、50歳を迎えた熱波師・井上勝正はこれからどこへ向かって行きますか?
僕は熱波師であり続けるだけですよ。アウフグースも流行ってきていますけど、僕はアウフギーサーというより「日本の熱波師」です。そして熱波師としての僕自身の知名度をもっと上げていけたら良いなと思います。
そのために僕は健康を維持し続けなければならないんです。僕は自分でも名乗っているように、「サウナそのもの」なんです。おこがましいかもしれませんが、覚悟してサウナを背負っているんです。
仮に僕が不健康になってしまったら、「サウナが健康に良い」ということをお客さんに伝えられなくなってしまいますよね。そうあってはならないんです。
加えて、僕は妻子を持つ身として、家族に安定した収入を稼ぐ責任があるんです。
-- 家族を幸せにするために、ということですか?
いや、幸せにするというのはちょっと違いますね。これからの時代は、子供に生き方を教える時代だと思うんですよ。
自分はこうやって道を切り拓いてこれだけのものを作り上げたよ、というものを見せてあげるんです。それが生きるヒントになるから。
そこから何が幸せだと感じて、どうやって幸せを掴んでいくかは、子供自身が選択して獲得していかなければならないんです。あくまでその土台を作るだけ。それが僕の役割です。
で、そのためには絶対に仕事に穴をあけるなんて出来ないので、そういう意味でも健康でなければならないんです。月に一回は血液検査をしていますし、体力作りも欠かしません。というか、熱波そのものが日々のトレーニングになっているんです。
意外に思うかもしれませんが、熱波をやるっていうのは、実はかなりの全身運動なんですよ。腕以上に腹筋をすごく使いますし、足にも結構きます。扇ぎ方も僕は意識的にバスタオルを張っていて、あえて腕に負荷が掛かるようにしています。
-- そうなんですね!なるべく力をセーブして出来るように工夫しているものかと思っていました。
いやいや、真逆なんですよ、実際のところは。ある番組でアニマル浜口さんと共演したことがあるんですけど、その時に浜口さんから「お前はすごい」と言われたんですよ。
浜口さんはレスリングのコーチとして沢山のオリンピック選手を見て来ているわけじゃないですか。その浜口さんが「お前は毎週オリンピックをやっているようなものだ」と言って下さったんです。僕の熱波はそれぐらいの運動量だと。
そうやって鍛えながらサウナ浴もすることによって、僕は健康を維持てきているんです。熱波を始めて10年になりますけど、今のところ一度も休んでいませんからね。
やっぱりね、健康は人間の大原則ですよ。僕だけの話ではなく。
そして、日本人はもっと自分の健康について向き合う必要があります。現状だと全然足りていないと思います。
健康維持のためにサウナに通うことははとても良いことですから、サウナ好きの方々にはこれからも堂々とサウナに通ってもらいたいですね。
みんなで「サウナに入れば健康になれる」ということを証明していきましょう!
おわりに
今回井上氏が放った言葉の数々は、サウナ界隈にだけ当てはまる事柄ではなく、人生にも当てはめることが出来る内容であったと思う。
井上氏自身が、まず生きることそのものに真摯に向き合い、次にその上にある生業、その次にそこに関わる人々についてと、下地となる部分から順序立てて自問自答してきたからこそ、一貫する哲学が生まれている。
ただ、インタビュー内でも言うように、氏はこれからも自身を更新し続ける。変わらない根幹を持ちながら、枝葉の様子を変えていく。
受信者である我々も、同様に自身を更新し続けられるよう努めていかねばならない。そしてその様を他者に見せていく責任がある。
我々は皆、受信者であると同時に発信者でもあるのだから。